大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成11年(行コ)219号 判決 2000年10月27日

控訴人 選定当事者 武田清春 ほか1名

被控訴人 国 ほか1名

代理人 野下えみ 榎本多喜男 ほか6名

主文

一  本件控訴をいずれも棄却する。

二  控訴費用は、控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

一  控訴人武田清春の請求

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人日本電信電話株式会社(以下「被控訴人会社」という。)は、次の各条件を満たすまでの間は、その電報事業に属する銚子無線電報サービスセンタ(以下「銚子無線」という。)の全面廃止をし、かつ長崎無線電報サービスセンタ(以下「長崎無線」という。)の中波の運用を廃止するなどして、重要通信(遭難通信、緊急通信、非常通信及び安全通信)につき、中波無線による通信態勢の全面廃止及び短波無線による通信態勢を減少せしめる電気通信事業の一部廃止をしてはならない(原判決にならい「請求一」という。以下各請求について同様にいう。)。

(一) 「世界的な海上における遭難と安全のためのシステム」(以下「GMDSS」という。)導入による重要通信が迅速かつ確実に取り扱われるなどGMDSSの機能及び信頼性が確認され、海上の安全確保が確実となるまで。

(二) 銚子無線とモールス専用船との間で、無線通信が現実に行われなくなるまで。

3  被控訴人会社は、その社員たる控訴人武田清春(以下「控訴人武田」という。)及び原判決添付の別紙選定者目録一記載の無線通信士又は無線技術士ら無線従事者(櫻根豊及び桑村邦博を除く。)に対し、前項のGMDSS導入による海上の安全確保の確実性が確認されるまでの間及び銚子無線とモールス専用船との現実の無線通信が行われている限りは、他の業種に配置転換をするなどして無線通信の運用又は保守以外の業務に従事させてはならない(請求二)。

4  被控訴人会社は、銚子無線の廃止及び長崎無線における中波の運用を廃止する場合においては、電気通信事業法一八条一項による郵政大臣の許可を得べき義務があることを確認する(請求三)。

5  被控訴人会社が控訴人武田及び前記選定者目録一記載の選定者(櫻根豊及び桑村邦博を除く。)に対してなした平成八年四月一日付け配置転換が無効であることを確認する(請求四)。

6  被控訴人会社及び同国は、控訴人武田及び前記選定者目録一記載の選定者ごとに、連帯して、各九五万円及びこれに対する平成八年四月一日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え(請求五)。

7  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

8  6項につき仮執行宣言

二  控訴人栗原三郎の請求

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人会社は、次の各条件を満たすまでの間は、その電報事業に属する銚子無線の全面廃止をし、かつ長崎無線電報の中波の運用を廃止するなどして、重要通信(遭難通信、緊急通信、非常通信及び安全通信)につき、中波無線による通信態勢の全面廃止及び短波無線による通信態勢を減少せしめる電気通信事業の一部廃止をしてはならない(請求一)。

(一) GMDSS導入による重要通信が迅速かつ確実に取り扱われるなどGMDSSの機能及び信頼性が確認され、海上の安全確保が確実となるまで。

(二) 銚子無線とモールス専用船との間で、無線通信が現実に行われなくなるまで。

3  被控訴人会社は、その社員たる控訴人武田及び前記選定者目録一記載の無線通信士又は無線技術士ら無線従事者(櫻根豊及び桑村邦博を除く。)に対し、前項のGMDSS導入による海上の安全確保の確実性が確認されるまでの間及び銚子無線とモールス専用船との現実の無線通信が行われている限りは、他の業種に配置転換をするなどして無線通信の運用又は保守以外の業務に従事させてはならない(請求二)。

4  被控訴人会社は、銚子無線の廃止及び長崎無線における中波の運用を廃止する場合においては、電気通信事業法一八条一項による郵政大臣の許可を得べき義務があることを確認する(請求三)。

5  被控訴人会社及び同国は、控訴人栗原三郎(以下「控訴人栗原」という。)及び原判決添付の別紙選定者目録二記載の選定者ごとに、連帯して、各九五万円及びこれに対する平成八年四月一日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え(請求五)。

6  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

7  5項につき仮執行宣言

三  被控訴人会社

1  控訴棄却申立て

2  一の6項及び二の5項につき担保の提供を条件とする仮執行免脱宣言の申立て

四  被控訴人国

1  控訴棄却申立て

2  一の6項及び二の5項につき担保の提供を条件とする仮執行免脱宣言の申立て

五  控訴人らの請求一ないし三に係る各訴えの係属

1  控訴人武田及び同栗原は、原審において、当初、被控訴人会社に対し、請求一ないし三の各請求を求めたが、その後、平成八年五月八日付け準備書面(平成八年九月二五日の原審第七回口頭弁論期日において陳述)により右各請求を被控訴人会社に対する請求四(控訴人武田)及び五(控訴人武田及び同栗原)の各請求に交換的に変更する旨申し立てた。これに対し、被控訴人会社は、平成八年六月二六日付け準備書面(右口頭弁論期日において陳述)により右控訴人武田及び同栗原の請求一ないし三に係る各訴えの取下げに同意しない旨述べた。したがって、原審においては、右控訴人武田及び同栗原の請求一ないし三に係る各訴えは取り下げられずに弁論終結に至ったことになる。

2  なお、控訴人武田及び同栗原は、原審において、当初、郵政大臣に対し、「郵政大臣は、被控訴人会社から請求三の銚子無線の廃止及び長崎無線の中波の運用を廃止する旨の許可申請がなされた場合においては、GMDSS導入による海上の安全確保の確実性が確認されるまでの間及び銚子無線とモールス専用船との間で無線通信が現実に行われている限りは、その廃止を許可してはならない」旨の請求をしていたが、その後、右平成八年五月八日付け準備書面により右請求に係る訴えを控訴人武田及び同栗原の被控訴人国に対する請求五に係る各訴えに変更する旨申し立てた。これに対し、郵政大臣及び被控訴人国は、右変更は、行政事件訴訟法二一条一項所定の要件を充たさず、しかも訴え変更の相当性もないと主張したが、被控訴人国の意見を聴いた上、平成八年八月二六日、控訴人武田及び同栗原の郵政大臣に対する右訴えを控訴人武田及び同栗原の被控訴人国に対する請求五の各請求に係る各訴えに変更することを許可する決定がされ、これが即時抗告期間の経過により確定したから、控訴人武田及び同栗原の郵政大臣に対する右訴えは控訴人武田及び同栗原の被控訴人国に対する請求五に係る各訴えに変更された。

3  原審は、(一) 銚子無線等の廃止の差止請求(請求一)、廃止された銚子無線の社員を他の業種に配置転換するなどして無線通信の運用保守以外の業務に従事させることの禁止請求(請求二)及び銚子無線の廃止等が、電気通信事業法一八条一項による郵政大臣の許可を得べき義務のあることの確認請求(請求三)に係る各訴えについては、いずれも却下し、(二) 被控訴人会社が控訴人武田及び前記選定当事者目録一<略>記載の選定者(以下、控訴人武田及び同選定者を併せて「控訴人社員」ともいう。)に対して平成八年四月一日付けでした配置転換命令(以下「本件配置転換命令」という。)による各配置転換(以下「本件各配置転換」という。)の無効確認請求(請求四)、控訴人武田及び同栗原の被控訴人会社に対する各請求(請求五)並びに控訴人武田及び同栗原の被控訴人国に対する各請求(請求五)については、いずれも理由がないとして棄却した。

4  控訴人らは、原判決には事実誤認とこれに基づく誤った判断があるなどとして本件控訴を提起したが、控訴人武田及び同栗原の請求一ないし三に係る各訴えについては、右各訴えを変更したから請求していないことになるにもかかわらず、原判決は、これに対して判決をしているとして、控訴状中の「控訴の趣旨」の欄に、「(一) 原判決を取り消す。(二) 被控訴人会社が控訴人社員(櫻根豊及び桑原邦博を除く。)に対してなした本件各配置転換が無効であることを確認する。(三) 被控訴人らは、控訴人武田及び前記選定者目録一<略>記載の選定者並びに控訴人栗原及び同選定者目録二<略>記載の選定者(以下、控訴人栗原及び同選定者を併せて「控訴人船員」ともいう。)ごとに、連帯して、各九五万円及びこれに対する平成八年四月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。(四) 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。(五) 右(三)につき仮執行宣言」を求めるとの記載があるにとどまり、同控訴状の「控訴の理由」欄において、請求一ないし三に係る各訴えについては控訴人らは原審において訴えを取り下げたのに原判決はこれらについて判断したから違法・無効であるとしている。しかしながら、右1に記載したとおり、控訴人らは、控訴人武田及び同栗原の請求一ないし三に係る各訴えを請求四及び五に係る各訴えに交換的に変更したが、右請求一ないし三に係る各訴えについては、被控訴人会社は原審において(当番においても繰り返し)取下げに同意しない旨を明らかにしているから、結局、控訴人らの右各訴えはなお係属していること、これらの各訴えのほかに新たに請求四及び五に係る各訴えが追加されたものとして取り扱うべきものと解するほかない。それゆえ原判決は右請求一ないし五の全請求につき判断したことは同判決主文により明らかであり、この点につき原判決に違法・無効などと非難される点は見当たらない。そして、控訴人らは、その控訴状(平成一二年五月二九日の当審第一回口頭弁論期日において陳述)において、「原判決を取り消す。」と述べていることからしても、控訴人らは、原判決の全部について本件控訴を提起しているものと解すべきである。したがって、当審においても、原審におけると同様に控訴人らの請求は、原判決「事実及び理由」欄の「第二 事案の概要」に記載のとおりの各請求一ないし五に係る各訴えの全部が係属しており、当裁判所の判断対象とされている。

控訴人社員は控訴人武田の選定者である櫻根豊を選定当事者として、控訴人船員は控訴人栗原を選定当事者として、平成七年八月二三日、千葉地方裁判所(原審)に、被控訴人会社及び同国(郵政大臣)に対し、請求一ないし三に係る各訴え及び郵政大臣に対する右2記載の請求に係る訴えを提起し、控訴人社員はその選定当事者を右櫻根豊から武田清春に変更する旨を記載した平成一一年六月一五日付け選定当事者変更書を、弁論終結後である同月一七日に原審に提出し、原審は、これにより控訴人社員である右選定者らは、その選定当事者を右櫻根豊から武田清春に変更したものと取り扱い、原判決にその旨表示した。原判決の正本は、被控訴人会社及び同国にいずれも平成一一年九月二日に送達された。

右櫻根豊の選定者は当初四〇名であり、控訴人栗原の選定者は当初五名であったが、その後、右櫻根豊の選定者のうち一一名及び控訴人栗原の選定者のうち一名がそれぞれ平成八年五月八日付け取下書により訴えを取り下げ、被控訴人会社は同月二六日付けで右訴え取下げに同意する旨の書面を原審に提出し、被控訴人国は、右取下書副本の送達を平成八年五月一〇日に受けたが、その後、右取下げに対する異議を述べなかった。右取下書を提出した櫻根豊の選定者のうち一一名及び控訴人栗原の選定者のうち一名は、平成八年一一月一日に「選定当事者の取消申立」と題する書面を原審に提出し、それぞれ右櫻根豊及び栗原の選定当事者取消しの申立てをした。したがって、原判決当時、控訴人武田の選定者は二九名、控訴人栗原の選定者は三名となった。

なお、原審において武田清春を選定当事者に選定した小野重蔵及び平井英司は、他の控訴人社員が当審においても武田清春を選定当事者に選定する旨の書面を提出しているのに対し、当審における選定当事者を選定する旨の書面を提出していないが、原審において同人を本件訴訟の選定当事者に選定した後、これを変更したり、取り下げるなどしていないから、当審において新たに同人を選定当事者に選定する旨の書面を提出していないとしても、原審において同人を選定当事者に選定した効力は当審においてもなお継続しているものと解される。

第二当事者の主張

当事者双方の主張は、原判決記載のとおりであるから、これを引用する。

第三原審の判断

一  請求一ないし三の各請求について

1  請求一(銚子無線等の廃止の差止請求)に係る訴えについては、銚子無線及び長崎無線における中波の運用は、既にいずれも廃止されているから、訴えの利益がない。

2  請求二(廃止された銚子無線の社員を他の業種に配置転換するなどして無線通信の運用保守以外の業務に従事させることの禁止請求)に係る訴えについては、被控訴人会社の社員である控訴人社員は、平成八年四月一日付けで既に配置転換済みであるから、訴えの利益がない。

3  請求三(右銚子無線の廃止等は、電気通信事業法(昭和五九年一二月二五日公布・法律第八六号。以下「事業法」という。)一八条一項による郵政大臣の許可を得べき義務のあることの確認請求)に係る訴えについては、法解釈を明らかにすることを求めるものであるから、確認の利益がない。

二  請求四の請求について

本件配置転換命令による本件各配置転換の無効確認請求については、(一) 被控訴人会社及び同社がその事業を引き継いだ日本電信電話公社と控訴人社員との間には、控訴人社員の職種を無線通信職に限定し、勤務場所を銚子無線に限定する合意はなく、控訴人社員は勤務場所の変更がある旨が記載された就業規則等日本電信電話公社の諸規定を遵守する旨誓約して採用され、しかも無線通信業務に従事していた社員が他の業務に従事して問題とならなかったことがあり、その他被控訴人会社の規模及び事業内容の多様性等からすると、雇用契約においては、業務運営上の必要性があれば、同意なしに社員を配置転換することができ、通信産業労働組合(以下「通信労組」という。)との労働協約に不同意配置転換条項がなくても、雇用契約の範囲内で配置転換の業務命令をすることができる、(二) また、本件各配置転換は、業務上の必要性があってされたものであり、これが通信労組に対する不当労働行為には当たらず、右配置転換に伴う控訴人社員の不利益の内容程度、その配慮等を考慮する限り、本件配置転換命令権の濫用によるものではないから、理由がない。

三  請求五(控訴人武田の被控訴人会社及び同国に対する各請求)について

1  控訴人社員の本件各配置転換による被控訴人会社に対する慰謝料請求は、本件各配置転換が違法ではないから、理由がない。

2  銚子無線の廃止及び長崎無線における中波の運用廃止に伴って行われた本件各配置転換が違法であることを前提とする被控訴人国に対する慰謝料請求は、本件各配置転換が違法でない以上、何らこれに関与していない被控訴人国に責任はないから、理由がない。

四  請求五(控訴人栗原の被控訴人会社及び同国に対する各請求)について

1  被控訴人会社が銚子無線を廃止し、長崎無線における中波の運用を廃止したことによる控訴人船員の被控訴人会社に対する慰謝料請求については、被控訴人会社には、控訴人栗原が主張するような海上の安全保持義務ないし公益保持義務がないから、理由がない。

2  銚子無線の廃止及び長崎無線における中波の運用廃止は事業法一四条一項及び一八条一項所定の郵政大臣の許可事項でなく、また、被控訴人国は右廃止を中止ないし延期するよう行政指導すべき法的義務がないから被控訴人国に対する控訴人船員の慰謝料請求は理由がない。

第四本件の争点

当番において本件各請求につき争点とされた点は、原審における各争点と同様であって、次の点にある。

一  請求一ないし三の各請求について

右各請求に係る各訴えの適法性の有無(原判決掲記の争点1、以下「争点1」という。以下各争点につき原判決と同様にいう。)

二  請求四の請求について

本件各配置転換の適法性の有無(争点2)

1  被控訴人会社の控訴人社員に対する本件配置転換命令権の存否。

2  (仮に被控訴人会社に本件配置転換命令権があるとしても)本件各配置転換は配置転換命令権の濫用によってされたか否か。

三  請求五の各請求について

被控訴人会社の控訴人らに対する不法行為の成否とこれに基づく損害賠償責任(慰謝料支払義務)の有無(争点3)

1  (控訴人武田の被控訴人会社に対する請求五)

被控訴人会社のした本件各配置転換が控訴人社員に対して不法行為を構成するか否か。(右不法行為が成立するとすれば)控訴人社員に対して損害賠償責任(慰謝料支払義務)があるか否か。

2  (控訴人栗原の被控訴人会社に対する請求五)

被控訴人会社のした銚子無線の廃止及び長崎無線における中波の運用廃止について控訴人船員に対して不法行為(海上安全保持義務ないし公益保持義務等があることを前提として、右義務に違反するものとして)が成立するか否か。(不法行為が成立するとすれば)控訴人船員に対して損害賠償責任(慰謝料支払義務)があるか否か。

四  被控訴人国の控訴人らに対する国家賠償法一条一項に基づく違法行為の成否と損害賠償責任(慰謝料の支払義務)の有無(争点4)

1  被控訴人会社の銚子無線の廃止は、事業法一四条一項及び一八条一項の規定による郵政大臣の許可を受けるべき事項か否か。

(右廃止が許可事項である場合)被控訴人会社が届出により銚子無線を廃止しようとした際、被控訴人国は、郵政大臣の許可を求めるように行政指導する法的義務があるか否か、右義務を怠った違法があるか否か。

2  (右1の場合でない場合)郵政大臣は、条理上、海上交通の安全を確保するために銚子無線の廃止を中止ないし延期するよう行政指導する法的義務があるか否か。

3  被控訴人国は、右義務を怠ったことにより控訴人らに対し国家賠償法一条一項にいう違法行為を構成するか。これによる控訴人らの損害の発生の有無。

第五本件の前提となる事実等

(争いのない事実並びに原判決及び後記事実中の該当箇所に掲記引用の証拠により認められる事実)

一  当事者の概要

1 被控訴人会社

被控訴人会社は、昭和五九年一二月二五日に公布された日本電信電話株式会社法(昭和五九年法律第八五号。平成九年六月法律第九八号による題名改正後「日本電信電話株式会社等に関する法律」、以下改正前、改正後を通じて「会社法」という。)に基づき株式会社として設立され、国内電気通信事業を経営することを目的とする民営会社である。そして被控訴人会社は、昭和六〇年四月一日会社法附則一一条の施行により廃止された日本電信電話公社法に基づき設置されていた日本電信電話公社(以下「電電公社」という。)が解散となったことに伴い、電電公社の権利義務の一部を承継し、その事業をも承継したものであり、その業務内容として、電話、電信、電報及びデジタルデータ伝送等の各サービスの提供等国内電気通信事業を行うほか、附帯事業として電話機等の販売、情報料回収代行サービス、電気通信コンサルティング及びテレホンオペレータサービス等をも行っている(会社法一条、同附則三、四条、<証拠略>)。

被控訴人会社は、その事業を、事業区分に基づく事業本部制を導入して行い、一五の事業本部を設置しているところ、このうち電報事業本部は、電報サービスに関わる業務を担当し、平成七年九月未時点において、本部のほか全国四五か所の電報サービスセンタを設置し、銚子無線には約一一〇名、長崎無線には約一三〇名の従業員を配置していた。また、長距離通信事業部は、電話、ISDN(デジタル総合サービス網)及び専用の県間通信に関わる業務等を担当し、平成七年九月未時点においては、本部のほか全国に五五のネットワークセンタが設置されていた(<証拠略>)。

被控訴人会社は、昭和六〇年四月、電電公社の事業を承継した民営会社として発足して以来、国内通信事業において国内及び国外の他企業との競争が厳しくなった中で、経営の合理化のため、支店、交換機の有人保守拠点及び番号案内の拠点をそれぞれ集約し、社員数の削減等をした(<証拠略>)。

2 控訴人武田及び前記選定当事者目録一<略>記載の選定者(控訴人社員)

控訴人社員は、被控訴人会社に雇用されているが(ただし、櫻根豊及び桑原邦博は、既に退職している。)、それぞれ昭和三二年ないし昭和四七年の間に電電公社に採用され、昭和六〇年四月、被控訴人会社が電電公社の事業を引き継いだ後も、平成八年三月三一日ころまで、四野見正敏を除き、銚子無線において無線電報業務に従事していた。なお、四野見正敏は、長距離通信事業本部内の設備部無線サービス担当に所属し、銚子無線の通信設備等の保守・建設業務等に従事していた(<証拠略>)。

3 控訴人栗原及び前記選定当事者目録二記載の選定者(控訴人船員)

控訴人船員は、被控訴人会社の社員ではなく、通信士として船舶に乗船し、通信業務に従事している者(船員)で、船舶通信士ら約六〇名で組織する船舶通信士労働組合に所属している(<証拠略>)。

二  控訴人会社における無線電報業務の概要

従前においては、海上の船舶との電報の送受信は、中波及び短波を使用したモールス信号による通信、短波印刷電信装置を使用した通信(以下「短波印刷電信通信」という。)によって行われてきた(<証拠略>)。

船舶との電報の送受信は、陸上に開設された無線局である海岸局を経由して行われるが、平成七年八月当時、被控訴人会社は、無線電報サービスを提供するための海岸局を、落石、小樽、函館、新潟、銚子、舞鶴、潮岬、神戸、下関、長崎、大分及び那覇の全国一二箇所に設置(なお、銚子及び長崎は、中波及び短波の送受信所であり、他は、中波のみの送受信所である。)し、事業所としては銚子無線と長崎無線を設置していた。なお、銚子無線及び長崎無線の電波伝搬条件は、通信設備、使用周波数帯、送信出力及び空中線(アンテナ)の指向性等において差異はほとんどない(<証拠略>)。

被控訴人会社における電報事業部門は、(電電公社の事業承継前・同公社時代)電報の年間利用通数が昭和三八年度は約九四六一万通であったものが、昭和六一年度(被控訴人会社の事業承継の翌年度)には約四〇〇五万通となり、海岸局における電報取扱事業所は、昭和四一年(電電公社時代)当時には、全国で一四箇所(札幌、小樽、函館、新潟、銚子、横浜、舞鶴、潮岬、神戸、下関、長崎、大分、鹿児島及び那覇)あったが、その後、昭和四二年に小樽及び函館の各事業所、昭和四四年に潮岬事業所、昭和四九年に舞鶴事業所が廃止され、さらに被控訴人会社の事業承継後の昭和六二年には下関、大分及び鹿児島の各事業所、昭和六三年には札幌、新潟、横浜、神戸及び那覇の各事業所が、順次廃止された(<証拠略>)。

銚子無線及び長崎無線における無線電報の年間取扱通数の推移は、別紙「銚子無線及び長崎無線における取扱通数の年度別推移」のとおりである(<証拠略>)。

銚子無線及び長崎無線における無線電報の取扱通数のうち、中波モールス通信による扱いは、平成元年度が約五万九〇〇〇通であったが、平成七年度は約一万九〇〇〇通に、短波モールス通信及び短波印刷電信通信による扱いは、平成元年度が約八〇万三〇〇〇通であったが、平成七年度は約三九万通に、それぞれ減少した(<証拠略>)。

電電公社は、無線従事者の養成機関として中央電気通信学園を設置し、無線従事者に必要な無線通信士及び無線技術士等の国家資格を所持しない者に必要な研修を施して、所定の国家資格を取得させ、資格を得た者については、無線従事者として銚子無線及び長崎無線等に配置し、右資格を取得できなかった者については、電話局勤務等に配置するなどという無線従事者養成制度を採用していたことがある。なお、電電公社は、大学部と称する管理職員養成機関を設置していたことがあり、右中央電気通信学園を卒業し、無線通信業務に就いた後、右大学部での養成を受け、管理職員となった者もいる(<証拠略>)。

三  海上における遭難通信等の運行

1 我が国における遭難通信等の運行

海上における遭難、緊急及び安全通信の運行に関し、電電公社と海上保安庁は、「海上における保安通信の運行に関する日本電信電話公社及び海上保安庁間の基本協定」(昭和二七年二月二九日協定)を締結し、右協定において、その基本方針として、「遭難、緊急及び安全の各通信の取扱いについては、海上保安庁海岸局が主体的に取り扱い、日本電信電話公社海岸局はできる限りこれに協力するものとする」、その運用方法として、遭難通信においては、「(一) 遭難通信は、原則としてその通信を速やかにかつ確実に受信した海岸局又は依頼された海岸局が取り扱うものとする。(二) 前項により日本電信電話公社海岸局が遭難通信を受信した場合は、速やかに最寄りの海上保安庁海岸局に対し、その要旨を適宜の方法により通報する。船舶局において別段の意思表示のない限り、海上保安庁海岸局は、右の通知により直ちに遭難通信の宰領を引き継ぎ取り扱うものとする」、また、緊急通信においては、「遭難通信の取扱いに準ずる」、さらに安全通信において、「安全通信は、原則として海上保安庁海岸局が取り扱うものとする。ただし、船舶発信の安全通信で、日本電信電話公社海岸局が受信したもので、海上保安庁海岸局がいまだ取り扱っていないと認められるものについては、入手直後の放送は日本電信電話公社海岸局が行う」旨の合意をしている。なお、海上保安庁は、平成七年一二月当時、全国の海岸をカバーする二五箇所の中波海岸局を設置し、遭難通信等を取り扱っていた(<証拠略>)。

2 海上における遭難通信等に関する条約及び国際機関等

昭和四年、「海上における人命の安全のための国際条約」(以下「SOLAS条約」という。)が制定され、右条約において、一定の船舶はモールス無線電信の設備を備え付けることが、また、船舶に対し国際遭難周波数五〇〇キロヘルツの無休聴守をすることが義務づけられた(<証拠略>)。

国際海事機関(以下「IMO」という。)は、昭和五四年四月、「海上における捜索及び救助に関する国際条約(以下「SAR条約」という。)を採択したが、右条約に定める捜索救助計画を効果的に運用するために全世界的な海上遭難安全システムの開発が要請され、近時、衛星通信システムや短波印刷電信通信等の通信技術に対応した、船舶がどんな海域を航行していても、陸上の救助機関が船舶の安全に関する通信をいつでも付近航行の船舶と確実に通信することができるようにする、船舶と陸上が一体となった「世界的な海上における遭難と安全システム」(GMDSS)が開発された(<証拠略>)。

SOLAS条約は、昭和六三年に改正され、これが平成四年に発効したことで、これに伴って、同年に、関係する電波法、船舶安全法及び船舶職員法が改正され、これらが施行された結果、平成七年一月三一日以前に建造された船舶は平成一一年一月三一日までに、平成七年二月一日以後に建造された船舶は即日、インマルサット衛星を経由する海事衛星通信設備、短波印刷電信設備、デジタル選択呼出し装置(以下「「DSC」という。)、無線電話及び非常用位置指示無線標識(以下「イパープ」という。)等の基本設備(以下「GMDSS設備」という。)の搭載が義務づけられることとなった(<証拠略>)。

なお、郵政省等の関係官庁及び関係団体は、「GMDSS導入促進連絡協議会」を設立し、同協議会において、GMDSSにつき関係者の理解を得るための「GMDSS導入促進シンポジウム」を開催するなどし、運輸省は、GMDSS設備は、平成一〇年三月現在で、外航船については約八割、内航船については約五割に設置され、導入が遅れていた漁船についても、漁船特有の集団操業による航行形態を考慮した代替措置を講じたという調査結果に基づき、平成一一年二月一日までには、対象船舶のすべてにGMDSS設備が設置されることを見込んでいた(<証拠略>)。

平成一〇年二月に開催されたIMOの無線通信捜索救助小委員会において、SOLAS条約において定められたスケジュールどおり、GMDSSは平成一一年一月に完全義務化されることが再確認され、我が国においても、同年二月一日に完全義務化されることが確認されている(<証拠略>)。

四  我が国における国内と一般船舶との海上公衆通信サービス

我が国における国内と一般船舶との海上公衆通信サービスは、被控訴人会社の国内無線電報、国内マリンテレサービス、遠洋船舶通信、特殊船舶通信、国際無線電報、国際無線テレックス、無線電話及び海事衛星通信等が利用されてきた(<証拠略>)。

五  銚子無線の廃止及び長崎無線の中波の運用の廃止とその経緯

被控訴人会社は、無線電報につき、海運業界における乗船員の減少及び海上公衆通信において海事衛星通信等を利用した通信の増加等によりその取扱通数が大幅に減少していること、右三・2のとおり、SOLAS条約の昭和六三年の改正とこれに伴う平成四年の電波法、船舶安全法及び船舶職員法の改正により、各船舶にインマルサット衛星を経由する海事衛星通信設備、短波印刷電信設備、DSC(デジタル選択呼出し装置)、イパープ(無線電話及び非常用位置指示無線標識)等のGMDSS設備の搭載が義務づけられることとなり、モールス通信による無線電報の取扱いが皆無に近いものとなると見込まれることから、平成四年四月までに、短波による無線電報の取扱いを長崎無線に集約するとともに、中波による無線電報の取扱いを廃止し、落石、小樽、函館、新潟、舞鶴、潮岬、神戸、下関、長崎、大分及び那覇の各無線の中波通信を扱う各海岸局の廃止並びに無線電報業務を扱う銚子無線海岸局及び長崎無線海岸局の二海岸局体制を長崎一海岸局体制に移行し、その結果、銚子無線全体を廃止することなどを決めた(<証拠略>)。

被控訴人会社は、平成七年九月二二日、関東地方電気通信監理局長及び九州地方電気通信監理局長に対し、銚子無線の廃止及び長崎無線における中波の運用廃止に伴い廃止する海岸局について、電波法二二条に基づく無線局廃止の届出を行った(<証拠略>)。

被控訴人会社は、平成八年三月末日、落石、小樽、函館、新潟、舞鶴、潮岬、神戸及び那覇の各海岸局並びに銚子無線を廃止し、平成九年三月末日、下関及び大分の海岸局並びに長崎無線における中波の運用を廃止し、国際電信電話株式会社からの国際無線電報等の業務受託の解消に伴い、平成一〇年六月末日をもって国際無線電報及び国際マリンテレサービスの取扱いを廃止し、平成一一年一月末日をもって、国内無線電報及び国内マリンテレサービスの取扱いを廃止し、これと併せて長崎無線も廃止しその旨の届出をした(<証拠略>)。

六  被控訴人会社における社員の配置転換の実施とその経過

被控訴人会社は、平成八年四月一日付けで、控訴人社員を原判決添付の別紙一記載の配置転換先にそれぞれ配置転換したが、控訴人社員を含む銚子無線の廃止に伴う配置転換対象者に対し、同年三月二五日及び同月二六日に辞令交付した(<証拠略>)。

控訴人社員の全員は、被控訴人会社から、右辞令書を受領し、平成八年四月一日から本件各配置転換先の事業所において、営業担当及び販売サポート等の無線通信の運用及び保守以外の業務に従事している(<証拠略>)。

本件各配置転換により、控訴人社員のうち、原判決添付の別紙一に長距離通勤と記載がある者は、従前の住居から配置転換先に通勤している。なお、控訴人社員のうち、四野見正敏は、平成九年一〇月一日にエヌ・ティ・ティ・テレコムエンジニアリング関東株式会社に出向し、櫻根豊及び桑原邦博は、その後、被控訴人会社を退職した。

被控訴人会社における社員の配置転換は、原則として全国一一ブロック(東京、関東、信越、東海、北陸、関西、中国、四国、九州、東北及び北海道)の地域通信事業本部(右一一ブロックごとに「支社」と称しており、関東支社は、千葉県、神奈川県、埼玉県、茨城県、栃木県、群馬県及び山梨県を管轄している。)単位で行われていた。被控訴人会社は、銚子無線で勤務する社員の中には、関東支社以外の出身者が多かったため、出身地域への異動を希望する者については、事前の周知を行ったうえで、配置転換対象者の一一一名全員につき、全国配置転換の希望の有無の確認作業を行い、希望者については、可能な限り希望に沿うように、地域通信事業本部を越えた配置転換を行った。全国配置転換を希望しない社員については、関東地域ブロックの収益状況及びその見通しに加え、本件配置転換の対象者の多くが千葉県内の銚子市内及びその近辺に生活基盤を有していたことなどを考慮して、千葉県内の事業所に限定して配置転換を実施することとした。その結果、千葉電報サービスセンタ、銚子、千葉、市川、船橋及び柏の各支店の営業部門に、それぞれ各配置転換が決定され、各人に対する辞令交付がされた(<証拠略>)。

第六当裁判所の判断

一  当裁判所も、控訴人らの本件各請求のうち、請求一ないし三に係る各訴えは、いずれも訴えの利益を欠くものとして却下を免れず、請求四及び五の各請求については、いずれも理由がないものと判断するが、その理由については、以下に主要争点につき付加、補充するほかは、本件各争点につき原判決の説示するとおりであるから、これを引用する(ただし、原判決の九六頁二行目の「一四の1ないし、」を「一四の1ないし37、」に、九七頁一行目の「無線通信武」を「無線通信士」に、九九頁八行目の「優先通信職」を「有線通信職」に、一〇〇頁五行目の「過程の事情」を「家庭の事情」に、一〇三頁一〇行目の「鈴鹿通信病院等」を「鈴鹿逓信病院等」に、一一三頁二行目から三行目の「昭和六三年に札幌、新潟、横浜の各事業所を廃止した。」を「昭和六三年に札幌、新潟、横浜、神戸及び那覇の各事業所を廃止した。」に、一一九頁一行目の「電波通信役務」を「電気通信役務」に、一二〇頁九行目から一〇行目の「昭和六三年に札幌、新潟、横浜の各事業所を廃止した。」を「昭和六三年に札幌、新潟、横浜、神戸及び那覇の各事業所を廃止した。」に、一二三頁七行目の「において」を「について」に、一三〇頁一〇行目の「同年三月三一日」を「同年三月一日」に、一三一頁七行目の「酒亜起雄」を「酒谷亜起雄」に、一三三頁一〇行目の「四万〇二〇〇円から一万八九〇〇円」を「四万二〇〇〇円から四二万三〇〇〇円」に、一四〇頁一一行目の「酒亜起雄」を「酒谷亜起雄」に、一四一頁七行目から八行目の「配点命令権」を「配転命令権」に、一四四頁三行目の「長先無線」を「長崎無線」に、一四七頁一〇行目から一一行目の「事業法一四条ないし一八条一項」を「事業法一四条一項及び一八条一項」に、一四九頁九行目の「同法九条二号ないし四号」を「同法九条二項二号ないし四号」に、一五〇頁二行目の「(同条二項)」を「(同法一四条二項)」に、一五〇頁二行目の「事業法施行規則」を「平成九年一一月郵政省令第八一号による改正前の事業法施行規則」にそれぞれ改める。一五一頁七行目の「原告」の次に「栗原」を加える。)。

二  争点1について(請求一ないし三に関する争点)

(一)  請求一(銚子無線等の廃止の差止請求)に係る訴えについては、前記「本件の前提となる事実等」五のとおり、銚子無線が平成八年三月末日、長崎無線における中波の運用が平成九年三月末日をもって、既に廃止されたことにより、右廃止の差止を求める請求一に係る訴えは、訴えの利益を欠き不適法である、(二) 請求二(廃止された銚子無線の社員を他の業種に配置転換するなどして無線通信の運用及び保守以外の業務に従事させることの禁止請求)に係る訴えについては、前記「本件の前提となる事実等」六のとおり、被控訴人会社の社員である控訴人社員全員は、被控訴人会社から、平成八年三月二五日及び同月二六日に辞令交付を受け、右辞令書を受領し、同年四月一日から本件各配置転換先の事業所において、営業担当及び販売サポート等の無線通信の運用及び保守以外の業務に従事し、同年四月一日付けで既に配置転換がされていることにより、訴えの利益を欠き不適法である、(三) 請求三(右銚子無線の廃止等は、事業法一八条一項による郵政大臣の許可を得べき義務のあることの確認請求)に係る訴えについては、法解釈を明らかにすることを求めるものであり、確認の利益を欠き不適法であるから、これらを却下すべきであると判断するが、その理由については、原判決が右各訴えについての争点1において説示するとおりであるところ、前示のとおり、右各訴えについては、原審で取り下げられることなく維持された結果、原審は、右各訴えの適法性について判断したものであり、その説示するところは正当であり、当裁判所もこれを是認するものであることは前示のとおりである。

三  争点2について(請求四に関する争点)

控訴人武田は、(一) 被控訴人会社の本件配置転換命令による本件各配置転換は、被控訴人会社に控訴人社員の同意なしに職種及び勤務場所の変更を命令する権限(すなわち、配置転換命令権)がないのに、行われたものであるから、違法・無効であると主張し、(二) 仮に被控訴人会社に右の同意なしの配置転換命令権があるとしても、控訴人社員に対してなされた本件各配置転換は本件配置転換命令権の濫用によるものとして違法・無効である旨主張し、被控訴人会社は、右(一)、(二)の主張を否定し、本件各配置転換が適法・有効なものであると主張しており、この点、本件において最重要争点とされている。控訴人武田は、原判決はこの点についての事実認定を誤り、かつ誤った事実に基づき誤った判断をしていると主張するので、当裁判所は、この点につき、以下においてさらに検討を加えることにする。

1  被控訴人会社の控訴人社員に対する配置転換命令権の存否

(一) (争いのない事実並びに原判決及び後記事実の該当箇所に掲記引用の証拠により認められる事実)

(1) 控訴人社員は、それぞれ昭和三二年ないし昭和四七年の間に電電公社に採用され、昭和六〇年四月、被控訴人会社が電電公社の事業を引き継いだ後も、平成八年三月三一日ころまで、四野見正敏を除き、銚子無線において無線電報業務に従事し、同人は、長距離通信事業本部の組織である千葉ネットワークセンタの設備部無線サービス担当に所属し、銚子無線の通信設備等の保守・建設業務等を行っていたが、いずれも被控訴人会社から、平成八年三月二五日及び同月二六日に辞令交付を受け、右辞令書を受領し、同年四月一日から本件各配置転換先の事業所において、営業担当及び販売サポート等の無線通信の運用及び保守以外の業務に従事し、同年四月一日付けで本件各配置転換がされている(前記「本件の前提となる事実等」一・2及び六)。

(2) 電電公社は、職員を採用する際、就業規則を含む諸規定を遵守する旨を電電公社総裁に対して誓約させ、控訴人社員も電電公社に採用されるに当たり、電電公社総裁に対して就業規則を含む諸規定を遵守する旨を誓約したが、電電公社の職員就業規則(昭和三一年一二月二〇日総裁第一二三号による改正後のもの)五一条は、職員は業務上必要がある場合は、勤務局又は担当する職務を変更されることがある旨を規定し、被控訴人会社の就業規則(平成七年五月三〇日社長達第八号による改正後のもの)五五条も、右同様に、社員は、業務上必要があるときは、勤務事業所又は担当する職務を変更されることがあると規定している(<証拠略>)。

(3) 電電公社は、「職員の配置転換について」(昭和三二年一二月二五日電職第五三一号)において、「(一) 設備又は作業の機械化、(二) 通信方式の変更、(三) 駐留軍関係業務の統合又は廃止、(四) 組織の改廃、(五) 作業方式・事務処理手続の改廃、(六) 取扱区域の併合又は分離、(七) 所管業務の移管、(八) 公社の計画する要員配置の必要」により職員の所属する機関、所属任命権者又は職種職級を変更することを配置転換とし、配置転換の対象者は、「(一) 本人の適性、(二) 業務上の必要度、(三) 家庭の事情(交通、住居事情等を含む。)、(四) 経験、(五) 本人の希望」を総合的に勘案して選定するとし、選定された職員の配置については、原則として、配置転換前と同一の職種又は「配置転換上の関連ある職種」に定める職種で、現に就いている職位と同程度もしくは同程度以上の職位へ行うよう配意するものとし、関連ある職種以外の職種へ配置転換する場合は本人の同意を得て行うとし、無線通信職の「配置転換上の関連ある職種」としては、企画補助職、書記職、営業職、運用職、教官職、有線通信職及び運信職を定めていた(<証拠略>)。被控訴人会社も、「社員の配置転換について」(昭和六二年一〇月二〇日労企第一八号)において、「(一) 設備又は作業の機械化、(二) 通信方式の変更、(三) 組織の改廃、(四) 作業方式・事務処理手続の改廃、(六) 取扱区域の併合又は分離、(七) 所管業務の移管、(八) 会社の計画する人員配置の必要」により社員の所属する組織、所属任命責任者又は職掌を変更することを配置転換とし、配置転換の対象者は、「(一) 本人の適性、(二) 業務上の必要度、(三) 家庭の事情、(四) 経験、(五) 本人の希望、(六) 健康、(七) 通勤時間、(八) 住宅」を総合的に勘案して選定するとし、選定された社員の配置については、原則として、配置転換前と同一の職掌又は「配置転換上の関連ある職掌」間において、現に就いている職位と同程度もしくは同程度以上の職位へ行い、関連ある職掌以外の職掌へ配置転換する場合は本人の同意を得て行うとし、通信職掌者の「配置転換上の関連ある職掌」としては、事務、オペレータ、機械、線路、データ、守衛、用務、研究を定めている(<証拠略>)。

(4) <1>電電公社は、無線従事者の養成機関として中央電気通信学園を設置し、無線従事者に必要な無線通信士及び無線技術士等の国家資格を所持しない者に必要な研修を施して、所定の国家資格を取得させ、資格を得た者については、無線従事者として銚子無線及び長崎無線等に配置し、右資格を取得できなかった者については、電話局勤務等に配置するなどという無線従事者養成制度を採用していたことがある、<2>電電公社は、大学部と称する管理職員養成機関を設置していたことがあり、右中央電気通信学園を卒業し、無線通信業務に就いた後、右大学部での養成を受け、管理職員となった者もいた、<3>電電公社もしくは被控訴人会社は、無線業務に従事する者を採用する際、それに必要な国家資格を有しない者を多数採用し、中央電気通信学園において社内教育して、必要な国家資格を取得した者を無線通信士及び無線技術士として配置する一方で、右国家資格を取得できなかった者については、他の職種を担当させるなどしていた(前記「本件の前提となる事実等」二、<証拠略>)。

電電公社もしくは被控訴人会社において、無線通信士及び無線技術士の職務に従事していた者が、その後、他の部署に配置転換となったり昇進・昇格により無線関係以外の業務に従事することがあった(<証拠略>)。

(5) 電電公社は、職位をその職務の種類及び困難性と責任の度合により、職種及び職級に分類整理することによって任用及び給与その他の人事管理の合理的かつ統一的な実施に資することを目的として職務分類制度を採用し(日本電信電話公社職務分類規則、昭和三一年一二月二一日総裁達第一二四号)、昭和三一年当時においては、職務分類基準によって職務を一三職群、四五職種に分類し、各職種ごとに三又は四段階の職級を設けて職員を格付けて、その職級により給与を定めていた。右職員の給与は、職群ごとに規定されている昇級表に基づいて定められ、無線業務従事者の属する通信職群においても、同一等級に属する職種・職級であれば、有線通信職、無線通信職及び機械職のいずれに属していても、同一の昇級表が適用されていた(<証拠略>)。

(6) 被控訴人会社は、社員給与規則(昭和六三年二月一二日社長通達第八七号)において、<1>職務手当は、職務の困難性及び職責に対して、給与について特別な取扱いをする必要があると認められる場合に支給する(五六条)、<2>職務手当の種類は、職責手当、通信機器販売手当、無線手当、医療手当、乗船手当及び研究手当とする(五七条)、<3>無線手当は、第一級及び第二級総合無線通信士、第一級及び第二級陸上無線技術士の資格を有し、無線通信作業、無線機器の調整、保守作業又は無線回線の設定作業に毎月おおむね二〇日以上従事する社員に対して支給する(六三条)と規定している(<証拠略>)。

(7) 電電公社は、社宅規程(昭和四六年六月一四日総裁達第二二号による改正後のもの)四条において、特別社宅とは、別に指定する山間へき地等に所在する局所に勤務する職員に使用させるために設置された社宅をいうと規定し、「特別社宅を設置する局所及び特別社宅の社宅使用料に係る区分の指定について」(昭和五一年一一月二二日電厚第一八〇号)において、右特別社宅を甲(使用料・無料)及び乙(使用料・一般社宅使用料の例により算定された額の五〇パーセント)に区分したうえで、右甲に指定する事業所として伊豆大島電報電話局等五〇の事業所と共に銚子無線電報局及び長崎無線電報局を指定し、右乙に指定する事業所として、鈴鹿逓信病院等九事業所と共に銚子無線送受信所及び長崎統制無線中継所を指定しているが、その支給対象を職種で指定した規定はない。また、被控訴人会社の社宅規程(昭和六一年三月三一日社長達第一七五号)も右同様に特別社宅を別に指定する山間へき地に所在する事業所に勤務する社員に使用させるために設置された社宅をいうと規定(四条)し、特別社宅を甲(使用料・無料)及び乙(使用料・一般社宅使用料の例により算定された額の五〇パーセント)に区分したうえで、「特別社宅を設置する事業所及び特別社宅の社宅使用料に係る区分の指定について」(昭和六一年三月三一日労厚第一四五号)により従前と同様の基準に従って社員に提供している(<証拠略>)。

(8) 被控訴人会社には、約一二万八〇〇〇人(平成一〇年三月末時点)で組織する全国電気通信労働組合(以下「全電通」という。)のほかに、約七一〇人(平成一〇年三月末時点)で組織する通信労組があり、他に四つの労働組合が併存しているが、平成八年三月当時、控訴人社員のうち、控訴人武田、櫻根豊、鈴木健男、西本明、菊地長二、斎藤勝行、鎌田道善、藤身隆雄、平野隆次、網江修、三浦好博、坂尾正勝、五味田次男、吉岡一郎、長町巧、四野見正敏、田島雄吾、星忠男及び高尾清一らは、いずれも通信労組(銚子分会)に所属し、他の控訴人社員は、全電通に所属していた。被控訴人会社は、全電通との間では労働協約において不同意配置転換を承認する旨の条項を規定していたが、通信労組との間では労働協約に不同意配置転換条項を規定していなかった(<証拠略>)。

(二) 右によれば、電電公社は、職員を採用する際、就業規則を含む諸規定を遵守する旨を電電公社総裁に対して誓約させ、控訴人社員も電電公社に採用されるに当たり、電電公社総裁に対して就業規則を含む諸規定を遵守する旨を誓約しているのであり、電電公社及び被控訴人会社の就業規則にはいずれも業務上必要がある場合は勤務局又勤務事業所もしくは担当する職務を変更されることがある旨が規定されているのであるから、無線業務に従事していた電電公社もしくは被控訴人会社の職員もしくは社員は、採用時に既に無線通信等の国家資格を有していた者のみならず、採用後に右資格を取得した者を含めて、雇用契約上その担当職務を無線通信士あるいは無線技術士に限定して採用されていなかったというべきである。

しかも、電電公社においては、職員の無線従事者については、無線通信職から前記八職種に配置転換する限りは、右配置転換のために各職員の同意は必要ない旨が規定され、被控訴人会社においても、社員の無線従事者については、無線通信職から前記職掌に配置転換する限りは、右配置転換のために各社員の同意は必要ない旨が規定されているのであるから、この限度の配置転換については、職員もしくは社員の同意を必要としないことは明らかである。

無線通信士及び無線技術士の給与体系及び手当等をみても、右のとおり、電電公社の職員の給与は、職群ごとに規定されている昇級表に基づいて定められ、無線業務従事者の属する通信職群においても、同一等級に属する職種・職級であれば、有線通信職、無線通信職及び機械職のいずれに属していても、同一の昇級表が適用されていたから、無線通信職の給与体系について、他の職種の者とは異なる扱いがされていたわけではなく、無線手当も無線通信士及び無線技術士の資格保有者に当然支給されるのではなく、有資格者でかつ特定の作業に常態的に従事する者に支給されているのであるから、右給与体系及び無線手当の支給制度の存在をもって、無線通信士及び無線技術士が他の職務と格別に異なるものであるとはいえない。なお、特別社宅の提供についても、右のとおり、山間へき地又は特殊な環境に所在する事業所等に勤務する職員及び社員の日常生活の不便さ等による不利益を少しでも救済するために、右社宅の使用料を無料としたり、一般住宅の使用料の半額とするなどしていたのであり、これはその要件を充たす者であれば、職種のいかんにかかわりなくその提供を受けることができたにすぎず、無線通信士及び無線技術士の雇用と直接関係するものではない。

右にみたとおり、被控訴人会社は、その前身の電電公社時代から、控訴人社員の無線従事者を採用するに当たって、銚子無線における無線通信業務という専門的な業務に限定したり、その職種を限定するなどしておらず、採用後において無線業務に従事した者においても、同様であったというべきである。

(三) 控訴人武田の主張する本件各配置転換に関する事項について

(1) 控訴人武田は、無線通信士及び無線技術士については、その資格を有することが採用の条件であったかのように主張するが、前記(一)・(4)のとおり、電電公社においては、職員を採用した後、中央電気通信学園で必要な教育を施し、必要な国家資格を得た者を右無線通信士及び無線技術士として配置し、右資格を得られなかった者については、他の職種を担当させるなどしていたのであるから、右資格が採用の条件となっていないことは明らかである。なお、証拠(<証拠略>)によれば、かつて電電公社において、第一級無線通信士又は第二級無線通信士の資格を有する者の募集広告に、あたかも右資格を有することが雇用条件であるかのような記載がされていたことがあることが認められるが、右広告の掲載雑誌が「電波受験界」及び「電波と受験」であり、右資格の取得をめざす者を読者層とする雑誌であることが容易に推認することができることからすれば、右読者層を意識した内容の募集広告を掲載したものと推測され、こうした雑誌広告が存在することから、控訴人社員が、無線通信士又は無線技術士としての国家資格を有することを条件に雇用されたとすることはできない。

(2) また、控訴人武田は、被控訴人会社には本件配置転換命令権はないとして、被控訴人会社は、全電通との間では労働協約において不同意配置転換を承認する旨の条項を規定しているが、通信労組との間では労働協約に不同意配置転換条項を規定していないから、通信労組に属する控訴人社員に対する配置転換命令権はないと主張する。前記(一)・(8)のとおり、被控訴人会社と通信労組との間で締結した労働協約に不同意配置転換条項が規定されていないが、労働協約は、労働組合と使用者又はその団体との間で、労働条件その他に関して締結する協定であるから、労働協約に規定された事項については、契約以上の特別の効力が与えられているものの、その基礎は協定当事者間の合意にあるから、労働協約に定められなかった事項については、使用者が労働協約を締結した労働組合に属する労働者に対し、雇用契約の範囲内で業務上の命令をすることができると解すべきである。

(3) さらに控訴人武田は、控訴人社員は長年継続して銚子無線で無線通信業務に従事し、現実に配置転換が行われていないという労使関係の実態があるとして、各社員の同意のないまま労働協約及び就業規則の配置転換条項に基づき配置転換をするという労働慣行はないとも主張する。しかし、被控訴人会社は、電報の年間利用通数の減少とともに、昭和四一年(電電公社時代)当時には、全国で一四箇所あった海岸局における電報取扱事業所を昭和六三年までに、銚子無線及び長崎無線を残して順次廃止し、これに伴って廃止された海岸局において無線通信業務に従事していた者を他に配置転換し、職掌を変更していたのであり、海運業界における乗船員の減少及び海上公衆通信において海事衛星通信等を利用した通信の増加等によりその取扱通数が大幅に減少し、SOLAS条約の昭和六三年の改正とこれに伴う平成四年の電波法、船舶安全法及び船舶職員法の改正により、各船舶にインマルサット衛星を経由する海事衛星通信設備、短波印刷電信設備、DSC(デジタル選択呼出し装置)、イパープ(無線電話及び非常用位置指示無線標識)等のGMDSS設備の搭載が義務づけられることとなり、モールス通信による無線電報の取扱いが皆無に近いものとなると見込まれることから、平成四年四月までに、銚子無線及び長崎無線で行われていた短波による無線電報の取扱いを長崎無線に集約するとともに、中波による無線電報の取扱いを廃止することとし、これに伴い全国一〇箇所に設置していた中波海岸局の廃止、長崎無線における中波の運用廃止、無線電報業務の銚子無線及び長崎無線局の二海岸局体制から長崎一海岸局体制への移行並びに銚子無線局の廃止などを決めたのである(前記「本件の前提となる事実等」二、三・2及び五、<証拠略>)。このように銚子無線においては、本件の廃止に至るまで、被控訴人会社の業務上の必要性によって他の海岸局等が廃止され、これに伴って廃止された海岸局において無線通信業務に従事していた者が他に配置転換され、職掌も変更されたのに対して、いわば合理化の対象とされなかったために、控訴人社員らが他に配置転換されることがなかったにすぎないと推測されるのであり、これをもって銚子無線に勤務する控訴人社員に対してその同意もないままに労働協約及び就業規則の配置転換条項に基づき配置転換をするという労働慣行がなかったものということはできないのである。

(四) (小括)

以上によれば、電電公社もしくは被控訴人会社においては、職員もしくは社員の配置転換義務がその就業規則等に明文をもって定められており、控訴人社員は、これらの定めに従う旨を誓約したうえで採用され、しかも、その採用に際して職種及び勤務地等を限定して採用されたわけではなく、その同意がない限り他の職種に配置転換しないというような労働慣行もなかったというべきであるから、被控訴人会社は、控訴人社員に対し、配置転換命令権を有することになる。

そして、前示のとおり、被控訴人会社は、業務上の必要に応じ、その裁量により控訴人社員に対し、その有する配置転換命令権により本件配置転換命令をなし、本件各配置転換をしたものと認められる。

2  仮に被控訴人会社に配置転換命令権があるとしても、本件各配置転換が配置転換命令権の濫用となるか。

控訴人らは、仮に被控訴人会社に配置転換命令権があるとしても、本件各配置転換が配置転換命令権の濫用であると主張し、被控訴人会社は、これを否定している。

(一) (配置転換命令の権利濫用について)

前記1にみたとおり、被控訴人会社は、業務上の必要に応じ、裁量によりその有する配置転換命令権により社員の職種及び勤務地等の配置転換を決定することができるというべきであるが、配置転換、特に転居を伴う配置転換は、一般的に、労働者の生活関係に少なからぬ影響を与えずにはおかないから、使用者の配置転換命令権はこれを無制約に行使することができるものではなく、濫用することが許されないことはいうまでもないところ、当該配置転換命令につき業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が存する場合であっても、当該配置転換命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき、もしくは社員に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等、特段の事情の存する場合でない限りは、当該配置転換命令は権利の濫用になるものではないと解すべきである。

この観点から本件各配置転換が配置転換命令権の濫用に当たるが否かについて検討する。

(二) (争いのない事実並びに原判決及び後記事実の該当箇所に掲記引用の証拠により認められる事実)

(1) 銚子無線の廃止の経緯

被控訴人会社は、<1>無線電報につき、海運業界における乗船員の減少及び海上公衆通信において海事衛星通信等を利用した通信の増加等によりその取扱通数が大幅に減少していること、SOLAS条約の昭和六三年の改正とこれに伴う平成四年の電波法、船舶安全法及び船舶職員法の改正により、各船舶にGMDSS設備の搭載が義務づけられることとなり、モールス通信による無線電報の取扱いが皆無に近いものとなると見込まれることから、平成四年四月までに、短波による無線電報の取扱いを長崎無線に集約するとともに、中波による無線電報の取扱いを廃止し、これを取り扱っている各中波海岸局の廃止、無線電報業務の銚子無線及び長崎無線局の二海岸局体制から長崎一海岸局体制への移行並びに銚子無線局を廃止することなどを決めた、<2>そして、平成七年九月二二日、関東地方電気通信監理局長及び九州地方電気通信監理局長に対し、銚子無線の廃止及び長崎無線における中波の運用廃止に伴い廃止する海岸局について、電波法二二条に基づく無線局廃止の届出を行い、平成八年三月末日、落石、小樽、函館、新潟、舞鶴、潮岬、神戸及び那覇の各海岸局並びに銚子無線を廃止し、平成九年三月末日、下関及び大分の海岸局並びに長崎無線における中波の運用を廃止し、平成一〇年六月末日をもって国際無線電報及び国際マリンテレサービスの取扱いを廃止し、平成一一年一月末日をもって、国内無線電報及び国内マリンテレサービスの取扱いを廃止し、これと併せて長崎無線も廃止した(前記「本件の前提となる事実等」二、三・2及び五)。なお、平成八年三月末日以前における無線電報の運用波数は、銚子無線において中波六波及び短波一八波、長崎無線においては中波六波及び短波二〇波であった(<証拠略>)。

(2) 銚子無線を勤務場所とする控訴人社員に対する本件各配置転換の実施とその配慮

<1> (意向把握の実施)

被控訴人会社における配置転換は、設備又は作業の機械化、通信方式の変更、組織の改廃、作業方式・事務処理手続の改廃、取扱区域の併合又は分離、所管業務の移管、会社の計画する人員配置の必要等により実施され、その対象者については、本人の適性、業務上の必要度、家庭の事情、経験、本人の希望、健康、通勤時間及び住宅等を総合的に勘案して選定するが、その手続としては、発令すべき日の一〇日前までに、担当する職務内容等を記載した所定の事前通知書を交付する方法で事前通知し、必要に応じて配置転換研修を行い、所定の配置転換、職掌転換及び無線転換一時金等の支給、住宅の確保措置を行い、選定された社員の配置については、原則として、配置転換前と同一の職掌又は「配置転換上の関連ある職掌」間において、現に就いている職位と同程度もしくは同程度以上の職位へ行い、関連ある職掌以外の職掌へ配置転換する場合は本人の同意を得て行うとし、通信職掌者の「配置転換上の関連ある職掌」としては、事務、オペレータ、機械、線路、データ、守衛、用務、研究が定められている(前記三・1・(一)・(3)、<証拠略>)。

被控訴人会社における配置転換は、全国一一ブロックに分かれた地域通信事業本部(支社)単位で行われることになっており、銚子無線の廃止に伴う社員の配置転換も関東地域の管内で実施されるべきものであったが、銚子無線で勤務する社員の中には、関東支社以外の出身者が多く存したことから、出身地域への移動を希望する者については、事前周知を行ったうえで、全員について全国配置転換を希望するか否かの意向を確認し、希望者については、右希望を尊重し、地域通信事業を越えた配置転換を行うこととし、銚子無線に勤務する配置転換対象者に対し、平成七年二月一五日から、今後の無線電報業務の運営の見直しに伴う、配置転換に関する意向把握実施の趣旨等についての周知・説明を開始し、同月二二日ないし同年三月一日にかけて、「意向把握調書」の提出による意向把握を実施した。さらに、被控訴人会社は、平成七年六月二一日から同月二七日にかけて、右意向把握における関係書類の提出を拒否した者を含めて、全国レベルでの配置転換の希望の有無の最終的な確認を実施し、右意向把握において、関東地域の管外への配置転換を希望した者については、結果的に各希望地域に配置転換が可能であったため、これを実施した(前記「本件の前提となる事実等」六、<証拠略>)。

右意向把握の手続の際、控訴人社員のうち、関谷芳一及び酒谷亜起雄は右意向把握調書を提出したが(関谷芳一は、信越地方を希望し、結果的に長野支店に配置転換となったが、酒谷亜起雄は長崎無線を希望したものの、そこへは配置転換されなかった。)、他の者は調書を提出せず、意向把握の最終確認にも応じなかった(<証拠略>)。

<2> (希望聴取の実施)

被控訴人会社は、銚子無線の廃止に伴う配置転換において、関東地域内における配置転換の希望を調査するための手続として、平成八年二月九日から同月一八日にかけて、先に実施した意向把握において関東地域の管外への配置転換を希望した者以外の配置転換対象者に対し、希望調査票の提出による希望聴取を実施した(<証拠略>)。

控訴人社員のうち、右希望聴取の対象外である関谷芳一以外の者については、酒谷亜起雄のみが右調書を提出し、それ以外の者は、被控訴人会社において再三提出を促したにもかかわらず、調書を提出せず、どの支店を希望をするかについても一切明らかにしなかった(<証拠略>)。

<3> (被控訴人会社の対応・銚子無線の廃止に伴う配置転換の実施と控訴人らの対応)

被控訴人会社は、右意向把握及び希望聴取の結果、さらに被控訴人会社において把握している社員の健康状態及び家庭事情等、希望調査票により明らかになった社員の希望状況等及び健康状態等に業務上の必要性を総合的に勘案し、本件各配置転換を実施した(<証拠略>)。

被控訴人会社は、配置転換対象者につき、同時に営業部門のいずれかに配置転換する作業を行い、平成八年三月三日までに各社員の配置転換先を決定し、千葉電報サービスセンタに六名、銚子支店に七名、千葉、市川、船橋及び柏の各支店の営業部門に、二六名、一五名、一一名及び九名を配置転換することとした(<証拠略>)。

被控訴人会社は、右受入れ人員を決定するに当たり、千葉電報サービスセンタについては事業規模等を、千葉、市川、船橋及び柏の各支店については千葉県内における市場性及び収益性を、銚子支店についてはほとんど受け入れる余地がなかったが、営業活動の強化のための支店活性化の必要性等を勘案し、全国配置転換を希望しない者については、関東地域ブロックの収益状況及びその見通しに加え、対象者の多くが千葉県内及びその近辺に生活の基盤を有していたことなども考慮して、千葉県内の事業所に限定して配置転換を実施することとした(前記「本件の前提となるべき事実等」六、<証拠略>)。

被控訴人会社は、本件各配置転換において、控訴人社員に対する各支店における配属を営業部門(「お客様サービス部」及び「営業部」)としたが、これは、電電公社が株式会社となった以後、電気通信市場において新規参入業者が登場し、競争原理が導入された結果、熾烈な競争がされるようになり、マーケットシェアの確保及び拡大が経営の最重要課題となったため、これに取り組むために営業部門の充実及び強化を目的として行ったものであった(<証拠略>)。

被控訴人会社は、配置転換対象者に対し、平成八年三月一四日ないし同月一八日にかけて、配置転換に伴って支給される一時金、社宅・独身寮等の住居の措置等についての説明会を実施した(<証拠略>)。

<4> (配置転換一時金、職掌一時金等の支給、社宅提供等)

被控訴人会社においては、配置転換に際して、通勤時間の増加の程度に応じて配置転換一時金を、職掌が変更となる者に対しては、職掌一時金を、今後無線手当ての支給対象外となる社員に対しては、その資格の別により無線手当一時金を支払うほか、配置転換によって転居を伴う社員に対しては、本人及び家族の交通費及び移転雑費等を支払うとともに、引越に伴う運送費等の費用を被控訴人会社において支弁し、希望する社員については、低廉な費用で配置転換先近辺に住宅を提供して家計負担の増加を軽減する措置を講じており、こうした事項について、右のとおり、配置転換対象者に周知、説明をした。なお、被控訴人会社は、前記「社員の配置転換について」と題する通達(昭和六二年一〇月二〇日労企第一八号)により、配置転換により住居を移転する必要がある者(原則として通常の通勤所要時間が一時間三〇分以上である者をいう。)であって、住居を必要とする者については社宅を提供してきた。しかし、控訴人社員のうち、櫻根豊、西本明、坂尾正勝、山崎章、酒谷亜起雄、菊地長二、吉岡一郎、真田茂、大麻光晴、桑村邦博、鎌田道善及び四野見正敏は、社宅への入居を希望しなかった(<証拠略>)。

控訴人社員三〇名のうち、本件各配置転換により、配置転換前の住所を変更することなく、しかも、長距離通勤とならない者は二名(櫻根豊及び西本明)、配置転換前の住所を変更することなく、長距離通勤をしている者は一〇名(坂尾正勝、山崎章、酒谷亜起雄、菊地長二、吉岡一郎、真田茂、大麻光晴、桑原邦博、鎌田道善及び四野見正敏)、単身赴任している者は一三名(斎藤勝行、高尾清一、長町巧、控訴人武田、田島雄吾、藤身隆雄、網江修、小野重蔵、平野良成、三浦好博、五味田次男、鈴木健男及び坂尾正純)、転居した者五名(平野隆次、平井英司、星忠男、菊地盛治及び関谷芳一。ただし、関谷芳一は、信越地域を希望し、長野支店に配置転換された。)である。ところで、右配置転換一時金は、住居を移転するか否かにより金額を異にするが、控訴人社員のうち、従前の住所から本件各配置転換による配置転換先に通勤している者一〇名の中で、坂尾正勝、菊地長二、真田茂、大麻光晴、桑村邦博、鎌田道善及び四野見正敏は、いずれも近い将来転居することを前提として、配置転換一時金を既に受領している(前記「本件の前提となる事実等」六、<証拠略>)。

控訴人社員は、右説明会の実施において、病気休暇を取っていた網江修が欠席したほか、控訴人武田が出席を拒否したものの、他の者は出席した(<証拠略>)。

その後、被控訴人会社は、配置転換対象者のうち、銚子無線の廃止に伴う配置転換によって住居の措置が必要な者が、配置転換後、速やかに転居できるように、「社宅申込書(人事異動用)」を配布し、社宅・独身寮等への入居希望の有無を事前に把握するとともに、右説明会の後、平成八年三月二三日ないし同月二七日にかけて、配置転換後の住居について、申込者本人らへの対応を行うなど、社宅・独身寮等への入居について本人らの選択に任せ、入居希望のあった場合、すべて希望に沿う措置を行った(<証拠略>)。

<5> (事前研修会の実施)

被控訴人会社は、控訴人社員を含む、無線電報の受付及び保守部門に携わってきた社員らは、入社以来、長年にわたりその業務に従事し、他部門の業務経験がほとんどなかったため、右配置転換に伴う労働不安の解消及び新たな業務の知識を付与することを目的として、事前研修を実施したが、控訴人社員ら本件各配置転換の対象となる社員に対しては、まず、平成七年六月一日から同月三〇日にかけて、次いで同年七月三日から同年九月二〇日にかけて、計二回にわたり事前研修を実施した(<証拠略>)。

被控訴人会社は、右事前研修において、前後二回にわたり、被控訴人会社の事業動向、大口ユーザに対応する法人営業、中小規模のユーザに対応する営業、窓口等の顧客受付に対応する顧客サービス、電報及び電話機等の通信機器の販売等、被控訴人会社の主要部門の業務概要等の教育・研修を実施した。ただし、控訴人社員のうち、酒谷亜起雄及び関谷芳一以外は、右研修の受講を拒否した(<証拠略>)。

<6> (被控訴人会社から銚子無線の廃止に伴う配置転換対象者に対する辞令交付と控訴人社員の本件各配置転換後の業務従事の状況)

被控訴人会社は、控訴人社員を含む銚子無線の廃止に伴う配置転換対象者に対し、平成八年三月二五日及び同月二六日に辞令交付し、控訴人社員の全員は、被控訴人会社から、右辞令書を受領し、同年四月一日から本件各配置転換先の事業所において、営業担当及び販売サポート等の無線通信の運用及び保守以外の業務に従事している(前記「本件における前提となる事実等」六)。

<7> (本件各配置転換後の業務研修)

被控訴人会社は、本件各配置転換の対象者に対する前記事前研修をしたが、受講拒否者もあったりしたので、さらに本件各配置転換後にも、配属先における研修及び担当業務の理解を深めるための集合研修を実施した(<証拠略>)。

右本件各配置転換後の研修は、平成八年四月一日の着任後、各配属先において実施した研修であったが、いずれの部署においても五日ないし一〇日間実施し、配置転換された社員が容易に担当業務に就けるように配慮した内容であった(<証拠略>)。

被控訴人会社は、その後も、各社員が担当する業務の基礎知識を深めることを目的として、それぞれの配属事業所において計画した集合研修を二日ないし四日間程度実施した(<証拠略>)。

以上のとおり認められる。

(3) 右によれば、被控訴人会社においては、前記「本件の前提となる事実等」五及び六のとおり、銚子無線が廃止され、その海岸局の中波・短波無線業務が廃止されたことにより、銚子無線において同業務に従事していた控訴人社員の社員としての身分を確保するとともに各職種と勤務場所の配置転換をせざるを得なくなった業務上の必要性(右のとおり、被控訴人会社が、国内外の競争激化の中で事業の合理化のため、その縮小化をも図り、もって電気通信事業の安定性、確実性を確保すべく、経営の健全化、安定化を保持していかざるを得なかったことは推認に難くない。)が生じたことから、本件各配置転換が実施されたものと認められる。そして、被控訴人会社における配置転換に伴う所定の手続を履践し、本件各配置転換に伴って一時金等を支払い、社宅・独身寮等の住居の提供措置等についての説明をし、現に提供したのであり、しかも職掌が変更となる控訴人社員に対する事前事後の研修も実施しているのであって、控訴人社員にとって配置転換に伴う多少の不都合はあるにせよ、配置転換後の勤務場所は銚子無線からさほど離れていない県内の近隣地が圧倒的に多く配慮されており、本件各配置転換が、控訴人社員各人にとって通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものとは認め難いというべきである。

(三) (控訴人武田の主張する不利益等について)

(1) 控訴人武田は、<1>被控訴人会社は、電電公社から国内の無線通信事業を独占的に引き継ぎ、電波事業の独占企業となっており、一方、無線通信事業は元来国民生活に直結するものであるから、被控訴人会社は事業を独占するのと引換えに国民に安定した無線通信役務を提供すべき義務があり、一私企業の採算制を超えた公益性を有することから、本件各配置転換が控訴人社員に不利益を及ぼすものである以上、被控訴人会社の業務上の必要性は高度のものが要求される、<2>本件各配置転換は人員整理型の配置転換であるから、整理解雇に準じて控訴人社員に「通常甘受すべき不利益」を超えない不利益をもたらすものであってはならず、またその人選に不当な動機・目的が存在してはならないのであって、高度の配置転換回避策が実施され、しかも配置転換に際して納得を得るための真摯な努力がされることが必要であり、これが充たされない限り、本件各配置転換は権利の濫用となるなどと主張する。しかし、前示のとおり、被控訴人会社が、電電公社から引き継いだ事業を整備し合理化と縮小を図り、もって事業の健全な維持確保のためにされた組織整備の一環として銚子無線を廃止せざるを得なかった状況のもとでは、同所に勤務していた社員の配置転換が業務上必然のこととなったために、その実施をしたものであり、また、本件各配置転換に際して、控訴人社員に対して諸々の事前事後の配慮をなし、できる限り配置転換に伴って通常生じる不利益の回避、緩和をすべく努力をしたと認められるのであって、それ以上に控訴人社員が納得のいくような努力をしなければ右配置転換が権利の濫用となるということはできない。控訴人らの右主張は、事実を正しく理解せず、高度の要求を前提とするものであって採用することはできない。

(2) 控訴人武田は、控訴人社員が本件各配置転換により担当するようになった部署は、顧客サービス部(お客様サービス部)及び営業部であるが、これにより控訴人社員の「生きがい」ないし「専門職としての誇り」を傷つけられたかのように主張するが、これらの業務は、被控訴人会社における収益を支えるもので、事業運営上、最も重要性を増している業務であり、被控訴人会社においては、電気通信市場におけるマーケットシェアの確保・拡大を図ることが経営戦略上最重要課題として、営業・販売活動を重要視して強化しているのであるから(右(二)・(2)・<3>)、控訴人社員の右担当業務はいずれも被控訴人会社における主要業務であるというべきである。そして、本件各配置転換による控訴人社員の配置転換先は、顧客サービス部及び営業部であるが、右顧客サービス部は顧客からの新規申込み及び移転等の受付であり、営業部はダイヤル通話料収入の約六〇パーセントを占める中小事業所ユーザ等に営業販売活動を行う部門であって、いずれも被控訴人会社の事業運営上、最重要部門となっており、被控訴人会社は、顧客サービス部及び営業部の重要性から、多数の社員を配置等して強化しており、関東支社管内においても、約五〇パーセントの社員をこれらの業務に従事させ、特に近年において、大幅に人員を充実させており、銚子無線の廃止に伴って配置転換された控訴人社員を含むほとんどの社員も、これらの部門に配属しただけでなく、番号案内業務を主とする番号情報営業部門及び通信設備の保守運用を行う設備部門の合理化に際しても、右各部門からの社員を多数顧客サービス部及び営業部に配置転換しているのであって(<証拠略>)、控訴人社員のみが特に不利益な業務に就いているとはいえない。

(3) 控訴人武田は、本件各配置転換により単身赴任及び長時間の通勤時間を要するようになったことをもって、不利益を受けたとも主張する。

しかし、鈴木健男ら七名の単身赴任者は、被控訴人会社から、家族構成に応じた社宅を提供することとし、その利用の意思を確認されているのに、希望調査を拒否し、家族と共に転居できない事情等を何ら説明せず、しかも、控訴人社員は、被控訴人会社の説明会に、網江修及び控訴人武田以外の者は出席し、「社宅申込書(人事異動用)」を配布され、社宅・独身寮等への入居希望の有無を事前に確認されるなどしていたのに、被控訴人会社が提供した本件各配置転換先の社宅に転居することを拒み、従前の住居から通勤することを希望しているのである(右(二)・(2)・<4>)。したがって、右単身赴任及び長距離通勤の事実は、自ら任意に選択した結果にすぎないというべきであり、配置転換に通常生じ得るものであって、本件各配置転換によりこれを余儀なくされたとはいえない。なお、控訴人社員のうち、従前の住所から、本件各配置転換による配置転換先に通勤している者一〇名の中で、坂尾正勝、菊地長二、真田茂、大麻光晴、桑村邦博、鎌田道善及び四野見正敏の七名は、いずれも近い将来転居することを前提として、配置転換一時金を既に受領し(右(二)・(2)・<4>)、坂尾正勝は独身寮への入居を希望している(<証拠略>)。そうである以上、右坂尾正勝以外の九名が原判決添付の別紙三「長距離通勤状況」記載程度の通勤時間を要するとしても(なお、証拠(<証拠略>)によれば、統計上、千葉県における勤労者が通勤に要している時間は、平均約五〇分であり、六〇分以上の通勤時間を要している者の割合も三七・四パーセントである。)、それぞれ本人の選択の結果であり、配置転換に通常伴う事態というほかない。

(4) 控訴人武田は、本件各配置転換により、環境の変化等により控訴人社員に健康被害が生じたと主張し、原審本人櫻根豊は本人尋問及び<証拠略>(陳述書)で、自らが帯状疱疹に罹患し、長町功につき左目網膜炎、斉藤勝行につき痛風及び田島雄吾につき血圧の上昇が発症したほか、他の控訴人社員にも腰痛、脳腫瘍、緑内障、視野狭窄及び高血圧等の疾患が発症したなどともいう。しかしながら、右櫻根豊は、その一方で、同人自身の帯状疱疹について、新しい仕事に就いたことによるストレスが原因ではないかと思っており、長町功の左目網膜炎についてもストレスによる免疫力の低下が原因ではないかと心配しているとか、斉藤勝行及び田島雄吾の痛風及び血圧の上昇についてはそれぞれ本件各配置転換以前から罹患しており、これが余計ひどくなったと聞いていると述べるなど、その供述内容は本件各配置転換と右罹患との相当因果関係を疑わせるものであり、これらをもって本件各配置転換と右罹患との相当因果関係があるとすることはできない。

(四) (小括)

以上によれば、本件各配置転換は、電電公社の事業を承継し民営会社として発足した被控訴人会社がその経営の目的とする電気通信事業の競争激化の中で自社の事業を確保し維持し安定させていくための施策として銚子無線を廃止して企業の合理化を図らざるを得ない状況のもとでは、避けられない業務上の必要性があって実施されたものというべきであり、また、それは、他の不当な動機・目的をもってされたものではなく、控訴人社員の不利益も通常甘受すべき程度を著しく超えていないのであって、これが被控訴人会社の配置転換命令権の濫用によりされたものとはいえないといわなければならない。

四  争点3について(請求五に関する争点)

被控訴人会社の不法行為に基づく損害賠償責任(慰謝料支払義務)の有無

1  控訴人武田の被控訴人会社に対する請求五について

被控訴人会社のした本件各配置転換が控訴人社員に対して不法行為を構成するか否か。(右不法行為が成立するとすれば)控訴人社員に対して損害賠償責任(慰謝料支払)があるか否か。

控訴人武田は、銚子無線の廃止に伴って行われた本件各配置転換の結果、控訴人社員が従前の無線通信業務から配置転換され、また、長距離通勤ないし単身赴任を強いられたことにより多大の精神的苦痛を被ったなどと主張するが、前示のとおり、控訴人社員に対する本件各配置転換は違法とは認められないのであるから、本件各配置転換が被控訴人会社の不法行為を構成するものとは認められない。右損害賠償請求は理由がない。

なお、控訴人武田は、銚子無線が廃止されたことにより控訴人社員が無線通信業務を奪われたことで、精神的苦痛を受けたとして慰謝料請求をしているが、後記2のとおり、被控訴人会社には、銚子無線等を存続すべき条理上あるいは法律上の義務もしくは海上安全保持義務ないし公益保持義務があるといえないから、銚子無線を廃止したことが、控訴人社員に対するこれらの義務違反を理由とする不法行為を構成することはなく、銚子無線の廃止に関して被控訴人会社に違法・無効な点はない。右理由をもってする損害賠償請求も理由がないといわなければならない。

2  控訴人栗原の被控訴人会社に対する請求五について

銚子無線の廃止及び長崎無線における中波の運用廃止について控訴人船員に対して不法行為(海上安全保持義務ないし公益保持義務等があることを前提として、右義務に違反するものとして)が成立するか。(不法行為が成立するとすれば)損害賠償責任(慰謝料支払義務)があるか否か。

控訴人栗原は、被控訴人会社には、銚子無線を存続し、長崎無線における中波の運用を継続すべき条理上あるいは法律上の義務もしくは海上安全保持義務ないし公益保持義務があるとして、これらの義務に違反して銚子無線の廃止及び長崎無線の中波運用を廃止したことにより、控訴人船員が日々の乗船に際して遭難等の生命身体に対する危険におびえながら就労せざるを得ず、これが将来にわたり継続することにより精神的苦痛を受けたと主張し、被控訴人会社は、同社には同控訴人がいうところの海上安全保持義務ないし公益保持義務等が存在せず、いうところの危険の発生を否認している。

会社法二条(平成九年六月法律九八号による改正前)は、被控訴人会社の責務として、<1>経営が適正かつ効率的に行われるように配慮すること、<2>国民生活に不可欠な電話の役務のあまねく日本全国における適切、公平かつ安定的な提供の確保に寄与すること、<3>電気通信技術に関する研究の推進及びその成果の普及を挙げて、公共の福祉の増進に資するように努めなければならない、としているから、電気通信事業の公共性からすると、電電公社の全国的ネットワークを完全に承継した被控訴人会社においては、電報及び電話等以外の役務についても利用者に与える影響等に十分配慮した取扱いをすべきであるといえるが、一方、前示のとおり、電気通信事業に競争原理を導入する中で、被控訴人会社において適正かつ効率的な経営体制を確立することもその責務であると解すべきである。被控訴人のした銚子無線の廃止及び長崎無線における中波の運用廃止は、被控訴人会社の業務上の必要に基づき実施されたものであり、しかも、短波モールス通信、短波印刷電信通信及び船舶電話等の代替手段が存在し、何より遭難通信、緊急通信及び安全通信に関しては、元来、海上保安庁が主管として取り扱う事項であって、海上保安庁は全国二五箇所の中波海岸局において国際遭難周波数の二四時間聴守体制をとっているのである(前記「本件の前提となる事実等」三及び五)。民営会社である被控訴人会社に対して、経済効率を顧みず、船舶の安全航行体制確保のため多大なコストを費やすことを求めることは適当とはいえず、被控訴人会社が右遭難通信等の通信を確保するという問題は、被控訴人会社の事業目的である公衆通信サービスと直接関係するものではないのである。したがって、被控訴人会社に、控訴人栗原の主張するような義務はないというべきであるから、その余の点を判断するまでもなく右主張も採用できない。

なお、控訴人栗原は、平成一一年二月からGMDSSの搭載が義務づけられているが未解決の欠陥・問題点が多数あり、しかもその導入率の低さ、外国における陸上海岸局の整備の遅れ、遭難警報の誤発射の多発及び国際海事機構(IMO)における国際一六チャンネルの聴守義務の延長決定等の事実からすると、銚子無線の廃止は被控訴人会社の公共性の放棄であり、公益保持義務違反であるとも主張する。しかし、被控訴人会社が控訴人栗原がいうところの海上安全保持義務ないし公益保持義務を有していないことは右のとおりであるから、右義務があることを前提とする右主張は採用することができない。

四  争点四について(請求五に関する争点)

被控訴人国の控訴人らに対する国家賠償法一条一項に基づく違法行為の成否及び損害賠償責任の有無

1  (前提事実)

銚子無線が廃止された手続は、前記「本件の前提となる事実等」二及び五のとおりであるが、その経緯についてみると、概略次のとおりである。

被控訴人会社は、無線電報取扱通数の減少に伴い、当該業務の合理化・集約化を進めるために無線電報業務の運営体制の見直しを行ってきた。その過程で、被控訴人会社は、平成七年九月二二日に電波法二二条の規定に基づき、関東地方電気通信監理局長及び九州地方電気通信監理局長に対し、銚子無線の廃止及び長崎無線における中波の運用廃止に伴い廃止する海岸局について、無線局廃止の届出を行い、郵政大臣はこれを受理した(前記「本件の前提となる事実等」五)。

被控訴人会社は、翌平成八年三月末日、当初の予定どおり前述の中波九海岸局と短波一海岸局を廃止し、それに伴い、銚子無線を廃止するとともに、長崎無線の中波の運用の一部を廃止した。被控訴人会社は、右廃止は、事業法一四条一項ただし書にいう「軽微な変更」に該当するとして、同条二項に基づき、平成八年八月三〇日、郵政大臣に届出を行い、郵政大臣はこれを受理した(<証拠略>)。

2  控訴人らは、<1>被控訴人会社がした銚子海岸局の廃止は、事業法一八条一項及び一四条一項による許可事項であるから、郵政大臣は許可事項として慎重審議すべき義務があったところ、故意又は重大な過失により許可不要と判断し、何ら被控訴人会社への行政指導等をすることもなく、銚子無線の廃局を容認したものであり、その不作為の責任は重大である旨、<2>右廃止が仮に許可事項でないとしても、被控訴人会社海岸局が海上交通に果たしてきた役割をみれば、その廃止が海上交通の安全の後退につながることは明らかであるから、郵政大臣は、所轄行政庁の長として被控訴人会社の銚子無線の廃止を中止ないし延期するよう行政指導する法的義務がある旨主張し、郵政大臣のそれらなすべき権限ないし義務を怠った行為(不作為)が国家賠償法一条一項にいう違法行為に当たることを前提として、これにより控訴人らが被った損害につき国家賠償法一条一項に基づき被控訴人国に対して損害賠償(慰謝料の支払)を求めている。

3  (許可事項か否かの点)

(一) 控訴人らは、銚子無線の廃止は、事業法一八条にいう郵政大臣の許可を受けるべき「電気通信事業の一部の廃止」に該当するのに、本件においては右許可を得ていないと主張するが、同条項の誤った解釈を前提とするもので採用できない。以下この点を再度検討しておく。

銚子無線の廃止が、事業法の解釈上、同法一八条一項の許可事項に該当せず届出事項であることは、この点についての原判決の説示及び次のとおりの同条項等の解釈により明らかである。

事業法は、電気通信事業を電気通信回線設備の設置の有無で、第一種電気通信事業と第二種電気通信事業に区分し(六条)、前者については、電気通信サービスの基本的な提供者として、電気通信回線設備の需要とのバランス、事業遂行能力等を審査し、外資規制を行うため参入許可制とする(九条、一〇条)とともに、料金その他の提供条件に係る契約約款の認可制(三一条)、電気通信役務の提供義務(三四条)を定めていること、この参入規制に対し、同法一八条は、第一種電気通信事業の休廃止及び法人の解散等について、郵政大臣の許可を要する旨を定めていること、同法一八条一項は、「電気通信事業の全部又は一部を休止し、又は廃止」しようとする場合に許可を要すると定めるが、右「電気通信事業の全部」とは第一種電気通信事業者の営む電気通信事業のすべてを指し、「電気通信事業の一部」とは、社会経済的に一つの単位となり得る電気通信事業の部分であって、全部にまで達しない範囲をいうと解すべきであることからすれば、右立法趣旨は、事業の休廃止によって、電気通信サービスの空白を生じ、大きな社会混乱及び経済的損失を招くことになるため、その休廃止を事業者の自由に委ねることなく、事業の参入許可を行った郵政大臣の判断によらしめることが適当と認められることによるものと解される。これを本件に即していえば、休廃止に当たって郵政大臣の許可を必要とする「電気通信事業の一部」とは、前記の事業法九条二項により、参入に当たって郵政大臣の許可を必要とする「郵政省令で定める区分による電気通信役務」の一つである「電報」役務そのものであり、「電報サービス契約約款」(<証拠略>)四条所定の「無線電報サービス」の廃止にも当たらない、単なる海岸局の廃止は、同法一八条にいう郵政大臣の許可を受けるべき「電気通信事業の一部の廃止」に該当しないことは、右条文の趣旨から明らかである。銚子無線の廃止が、事業法が許可対象としている「電気通信事業の一部の廃止」に該当しない以上、郵政大臣の許可がない限り、銚子無線を廃止することができないとすることはできない。したがって、郵政大臣の許可がない限り、銚子無線を廃止することができないとする控訴人らの主張は失当であることは明らかである。

(二) 控訴人らは、銚子無線の廃止は、郵政大臣の許可を要する事業法一四条一項所定の「電気通信設備の概要」の変更に該当するとも主張する。

ところで、事業法一四条一項には、「第一種電気通信事業者は、第九条第二項第二号から第四号までの事項を変更しようとするときは、郵政大臣の許可を受けなければならない。ただし、郵政省令で定める軽微な変更については、この限りではない。」と規定されているところ、同法九条一項は、第一種電気通信事業の高度の公共性等から事業の安定性、確実性を確保し、もって公共の福祉を増進する必要性があることから、第一種電気通信事業を営もうとする者を郵政大臣の許可にかからしめ、同条二項において、第一種電気通信事業の中心要素である役務の種類及び態様、業務区域及び電気通信設備の概要等について申請書に記載することを義務づけたのであり、その趣旨を没却することがないように同法一四条一項において、その変更についても郵政大臣の許可を受けなければならないとしているのである。したがって、事業法九条二項二号ないし四号の事項の変更であっても、事業の遂行に大きな影響を及ぼすとは考えられないような軽微な変更については郵政大臣の許可を要しないとされたものと解することができる。そして、第一種電気通信事業を営もうとする者が郵政大臣の許可を受けようとするときは、電気通信設備の概要として伝送路設備及び交換設備に関する事項等を記載することとされ、伝送路設備及び交換設備については端末系及び中継系に区分して記載することとされており、「端末系伝送路設備とは、端末設備とその直近の事業所に設置する事業用電気通信設備との間の伝送路設備をいい、中継系伝送路設備とは、それ以外のものをいう」、「端末系交換設備とは、端末伝送路設備を収容する交換設備をいい、中継系交換設備とは、それ以外のものをいう」旨定められている(事業法施行規則三条一項様式第一)。こうしたことからすれば、事業法一四条一項ただし書の郵政省令で定める軽微な変更について規定した同法施行規則一一条三号イ「端末系伝送路設備」とは、会社設備と顧客との伝送路設備のことであり、同条同号ロ「中継系伝送路設備」とは、会社設備間の伝送路設備のことであり、同条同号ハ「交換設備」とは、多数の通信回線や機器の中から所要のものを選び、それらを相互に接続する設備のことであると解される。これらのうち、銚子無線には右交換設備は存在せず、同無線に設置されていたのは、船舶に設置された端末設備とその直近の事業所である同無線の間の伝送路設備であるから、銚子無線の廃止は、右改正前の同法施行規則一一条三号イ「端末系伝送路設備」の「設置数の変更」に該当すると解されるのであって、控訴人らが主張するような同条同号ロ「中継系伝送路設備」ないし同条同号ハ「交換設備」の変更には当たらない。ところで、右改正前の事業法施行規則一一条三号イは、右「軽微な変更」について「端末系伝送路設備」の「設置数のみの変更であって、当該変更によりその設備が設置されている都道府県ごとの数(事業の許可(変更の許可があった場合は、当該変更の許可)に係る数をいう。)と同数以上の増加又はその二十パーセント以上の減少とならないもの及び当該設備の種類の変更に伴う設置数の変更」と規定している。銚子エリアにおける電話、専用等のメタリックケーブル・光ケーブル等の「端末系伝送路設備」は約一〇万対であり(<証拠略>)、銚子無線の廃止は中波六波及び短波一八波の廃止にすぎない(前記三・2・(二)・(1))から、同法一四条一項ただし書の「郵政省令で定める軽微な変更」であり、郵政大臣の許可を受ける必要はない事項なのである。したがって、右の点に関する控訴人らの主張も独自の解釈に基づくもので採用することができない。

4  (国家賠償法一条一項にいう違法行為の成否の点)

(一) 本件において控訴人らが被控訴人国に国家賠償法一条一項に基づく損害賠償責任があるとしてその違法行為があるとする法条は、前掲事業法一八条及び一四条であり、被控訴人国はこれらの法規定による権限、義務に違背した違法行為があると主張する。しかし、右主張は、以下にみるような次第で、当裁判所の採用しないところである。

(1) 国家賠償法一条一項にいう違法は、公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的権限ないし義務に違背することをいうものと解されるところ、公務員がいかなる法的義務を負っているかを判断するためには、まず、評価の対象となる行政作用を規律する根拠法規や権限根拠規定の趣旨及び目的等が十分斟酌されなければならない。公務員の権限ないし義務の不行使、懈怠等の不作為が被害者に対する関係で国家賠償法一条一項にいう違法な行為と評価されるためには、その権限根拠を定める行政法規が被害者の主張する利益の保護を目的とすることが必要である。当該行政法規の目的がもっぱら公益を保護しているにすぎない場合は、被害者に対する関係で、その被侵害利益を保護すべき行為規範を認めることができないので、公務員が個別の国民に対して職務上の法的義務を負担することはなく、たとえ公務員が右規制権限を行使することによって国民が利益を受けることがあったとしても、それは一般に国民の個々人に反射的にもたらされる事実上の利益であって、個々の私人が法律上直接的に保護される利益ではないというべきである。

事業法は、「電気通信事業の公共性にかんがみ、その運営を適正かつ合理的なものとすることにより、電気通信役務の円滑な提供を確保するとともにその利用者の利益を保護し、もって電気通信の健全な発達及び国民の利便の確保を図り、公共の福祉を増進することを目的とする」(同法一条)ものであり、ここにおいて、「公共の福祉」とは個々人の利益を超え、時にそれを制約する機能を果たす社会的共同生活の利益を意味し、その増進とは、財産的自由権を調節し、人権の実質的衡平を図る概念であると解される。

(2) これを本件についてみると、前示のとおり被控訴人会社は第一種電気通信事業者に当たる者であるところ、事業法九条一項は、第一種電気通信事業の高度の公共性等から、事業を営む者に対して、第一種電気通信事業への参入を郵政大臣の許可にかからしめ、また、その許可に当たっては、郵政省令で定める区分による電気通信役務の種類及びその態様、業務区域、電気通信設備の概要等を記載した申請書を郵政大臣に提出することを義務づけている(同法九条二項)。右事項が申請書の記載事項とされているのは、これらの事項が第一種電気通信事業の中心をなす要素であるからである。前示のとおり事業法一四条一項本文が、右事項の変更について、郵政大臣の許可が必要である旨定めているのは、これらの要素は、第一種電気通信事業の遂行上基本的なものとして同法九条の許可の対象となっているのに、これを自由に変更し得ることとすると、許可制度を設けたことが無意味となる恐れがあるためであると解される。それゆえ、これらの事項の変更であっても、事業の遂行に余り大きな影響を及ぼすとは考えられない軽微なものについては、自主的な事業運営への影響をも考慮して許可を要しないこととし、所轄行政庁が実態を把握しておく必要があることから、単に事後届出の義務を課すのみにとどめているのである(事業法一四条一項ただし書、同条二項、前記改正前の同法施行規則一一条)。これに対し、事業の休廃止について、前示のとおり事業法一八条一項において、郵政大臣の許可にかからしめている趣旨は、電気通信サービスは、電話のように国民生活に密着したものはもとより、データ通信のような高度なものに至るまで、今や社会生活になくてはならないものとなっており、利用者はこれに大きく依存しているから、事業の休廃止は、電気通信サービスの空白を生じ、大きな社会的混乱、経済的損失を招くこととなるため、事業者の全く自由な処置に任せることをせず、事業の許可を行った郵政大臣の専門的裁量判断によらしめるものとするのが適切、妥当としたことによると解される。

(3) 以上にみたところによれば、事業法一四条一項本文及び一八条一項は、それぞれ第一種電気通信事業の要素となる事項の変更及び事業の休廃止について、郵政大臣の許可事項とする旨定めているが、同法の目的、各条文の趣旨等にかんがみれば、これらの事項について右各条による郵政大臣の許可権限を行使すべき義務は、事業の安定性・確実性の確保による公共の利益の確保、サービスの空白による社会的混乱・経済的損失の防止といった公益を保護するために特に事業法上定められているものというべきである。

(二) 一方、本件において控訴人らが被ったとして、その填補を求めている損害というのは、控訴人社員(銚子無線廃止当時、被控訴人会社の社員であった者)については、配置転換による精神的苦痛であり、控訴人船員(銚子無線の廃止及び長崎無線における中波の運用廃止当時、船舶の通信を担当する業務に従事している、他の会社の社員)については、日々の乗船の際に遭難等の生命身体に対する危険から感じる不安による精神的苦痛であると主張するものと理解される。しかし、先にみたとおり、事業法一四条一項及び一八条一項の許可は、いずれも事業の安定性・確実性の確保による公共の利益の確保等の公益を保護するために規定されたものであり、被控訴人国は、銚子無線廃止時において被控訴人会社の社員であった控訴人社員の雇用上の損害及び配置転換に起因する精神的苦痛を回避するために各条の許可権限を行使すべき義務を負うものではない。もっとも当該控訴人社員が、銚子無線が廃止されないことにより、相応の間は従前どおり勤務先である銚子無線での無線通信の業務に従事することが続けられるであろうという利益等を受けられるとしても、それは右控訴人社員各人(私人)が事業法上直接的に保護される利益等ではない。また、控訴人船員については、これらの者が電電公社及び被控訴人会社とはかかわりのない身分で他社の船舶に乗船して通信業務に従事する者であるところ、控訴人船員が主張するような生命身体に対する危険についての不安感の解消といったものは、単に電気通信役務の提供の結果生じる副次的な利益にすぎず、同法上直接保護される利益には当たらない。つまり、前示解釈のとおり、事業法は、個々人の利益を超えた社会共同生活の利益の保護を目的としており(同法一条)、同法一四条一項及び一八条一項もかかる法律自体の趣旨と同様に、事業の安定性・確実性を確保し、また、電気通信サービスの空白による社会的混乱等の防止を図り、もって公共の利益を確保することを趣旨としていることからすれば、仮に控訴人船員が、銚子無線が廃止されないことにより、船舶に乗船する際に不安感が解消されるという利益を受けたとしても、それは反射的な事実上の利益にすぎず、法律上直接保護される利益には当たらないといわざるを得ないからである。なお、本件との関係についていえば、控訴人栗原は、銚子無線において行われていた、航行中の船舶からの無線による遭難通信をその廃止により利用できなくなることにより、控訴人船員が損害を受けていると主張しているともとれるが、そもそも遭難通信を取り扱うことは、本来の事業法(二条四号)にいう「電気通信事業」に該当しないものであるから、この点についての控訴人栗原の右主張に係る遭難通信を利用することにより控訴人船員が受ける利益もまた、同法上直接保護される利益に当たるとはいえないことに変わりはない。

5  (行政指導等を行う義務の存否)

控訴人らは、被控訴人国の指導監督の法的義務について、仮に銚子無線の廃止が事業の一部廃止に当たらない場合であっても、それに準ずべき事業の変更であるから、被控訴人国は、被控訴人会社に対して右廃止届出をしないように指導監督すべき法的義務がある旨主張し、右義務は条理上のものであると主張する。しかしながら、被控訴人国(郵政大臣)が、許可事項でない右銚子無線の廃止について、届出主体である被控訴人会社に対して、右廃止届出をしないように行政指導することにより右廃止を中止ないし延期させるなどということは、むしろ許されることではなく、手続及び様式等が具備されているのに届出をさせないように行政指導してこれを中止する方向に指導監督するというのは、むしろ行き過ぎた行政指導として違法行為として評価されることにもなりかねないのである。したがって、被控訴人国には、条理上、そのような行政指導をすべき法的義務が生じるということもできないのである。つまり、被控訴人国が法令上の根拠に基づかない行政指導を実施することが個々の国民に対する関係において、公務員の職務上の法的義務となることはあり得ないのであって、法令上の根拠はなくとも条理を根拠として法的義務が生じるとする控訴人らの主張は独自の見解であって、当裁判所の採用するところではない。

6  (小括)

以上のとおり、郵政大臣が事業法一四条一項及び一八条一項の許可権限を行使せず、被控訴人会社の届出を受理した行為は、控訴人ら個別の私人に向けられた違法行為を構成するものではないと解するしかなく、また、控訴人ら主張の被控訴人国に条理上被控訴人会社を指導監督すべき法的義務があるとはいえないのであって、そうである以上、国家賠償法一条一項にいう違法行為には該当しないというべきである。以上にみた点からしても、前記争点4についての控訴人らの主張は採用することができない。

第七結論

以上の次第であるから、請求一ないし三に係る各訴えについては、不適法としてこれを却下し、請求四及び五の各請求については、いずれも理由がないものとしてこれを棄却した原判決は相当であり、控訴人らの本件控訴はいずれも理由がないから、棄却を免れない。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 伊藤瑩子 鈴木敏之 秋武憲一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例